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弁護士大久保康弘のブログ

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伊藤之雄「元老」と坐漁荘

史跡めぐり 日本画 読書

 伊藤之雄氏は日本近代の政治家の評伝を多く手掛けられていて、私もそのいくつかを興味深く読みましたが、今回は「元老」を読みました。

元老制度の誕生から西園寺の死により終焉を迎えるまでの元老制度の歴史が綴られています。大隈は元老ではなかったとか、伊藤や西園寺に対する評価も面白いところです。

元老制度は事実上次期首相を決める機関ではありますが、法的根拠がなく、いつの間にかできていたといういかにも日本らしい制度です。ただ、明治維新に貢献するような立場にいた者という縛りがかかっていたので、どのみちいずれはなくなるものでしたが、実際にはその後の世代の首相経験者などを元老にするという方法もあったようです。ただ、この本にもあるように、誰もが認める実力者であった原敬が、現職の首相のまま暗殺されたため、元老になれなかったことが元老制度が続かなかった最大の理由なのでしょう。

 最後の元老である西園寺の住居は、静岡県静岡市興津にあり、坐漁荘と名付けられていました。現在は建物が復元されています。私も、東京出張の際、静岡で途中下車して坐漁荘に寄ったことがあります。2011年3月9日のことでした。穏やかな好天の日でした。

 

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f:id:okubolaw:20160929214758j:plain西園寺はその晩年、ただひとりの最後の元老となった頃は、ひとたび総理大臣を推挙する必要があれば、東海道線で上京したものでした。

私が坐漁荘を訪問した当時は、民主党政権菅直人首相だったのですが、退陣必至といわれたくらい行き詰まっており、次期首相を考える必要性があったため、私も西園寺にならって、興津から東海道線で上京しました(当然在来線で、熱海からグリーン車に乗りました)。

しかしその時にはもちろん、2日後に東北大震災が起きるなどとは予想もしなかったのでした。