弁護士大久保康弘のブログ

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震度6

今朝の8時前に地震がありました。震度は大阪で6弱、奈良で5弱でした。

でかける直前に大きく揺れたため、電車は動いていないだろうなと思いつつ、とりあえずいつものように学園前駅へ。朝のラッシュ時なのでホームには人がいっぱいいました。アナウンスは、「今朝の地震の発生により、現在電車の運転を見合わせています」というものが繰り返されるだけで、いつ頃運転再開かは全くわかりません。

ところがホームの人は、増えることなくだんだん減ってきて、待合室の椅子が空いたので座って待つことができました。今朝は10時20分から小倉支部の弁論準備があり、電話会議だったのですが事務所には行けそうにないので書記官に電話してiPhoneに架けてもらうことにし、ほどなく電話がかかってきて電話会議をこなすことができました。

このようにホームに人が溜まらず減ったのは、スマホの普及で状況が分かるようになってきたことが大きいのではないでしょうか。この時点では大阪市内まで行っても、そこからの地下鉄などはまだ動いていないことが情報として分かったから、家に帰って運転再開を待つとか、車で行くなりという選択ができたのでしょう。ただ車で行くのは正解とは思えませんが。

 

その後もずっと同じアナウンスが繰り返され、いつ事態が変化するか全く分からないまま、この本を読んでホームの待合室で待っていました。

 

刑務所の読書クラブ:教授が囚人たちと10の古典文学を読んだら

刑務所の読書クラブ:教授が囚人たちと10の古典文学を読んだら

 

刑務所の中で、長期収容者たちが「闇の奥」「マクベス」などの古典を読んでいく読書会。この奇妙なシチュエーションが、いつ電車が動くか分からない閉塞感の漂う状況で読むにはぴったりの本でした。 

 

その後も20分ほど待っていましたが、10時50分頃に突然、次の電車は富雄まで運転します、とのアナウンスがあり、そろそろと電車が入ってきたので乗ることにしました。混んでいるかと思いましたがかなり空いており座れたので一安心。富雄でしばらく止まっていましたが10分ほどで動き出し、その後はときどき止まりはしたものの、長時間停車はなく、着実に走っていたので、ほっとして眠ってしまい、起きたら既に大阪上本町でした。

近鉄日本橋に着いたのは12時15分で、学園前で乗車してから1時間20分かかっていました。このように時間こそかかったものの、ずっと座って途中で寝ていたのであまり疲れずに事務所まで行くことができたのですが、事務所は本が倒れて散らかっており、片づけに追われました。何とか午後2時の来客までには多少は片付きました。

 

 

隠れ社寺訪問記(11)伊賀市・新大仏寺

先週末の6月9日、伊賀市にある新大仏寺を訪問しました。

このお寺は最近までその存在を知らなかったのですが、奈良国立博物館で行われた東大寺関連の展覧会で紹介されていたことから一度訪問してみようと考え、ちょうど時間もあり天気が良かったことから訪問した次第です。

 

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この地図で場所が分かるでしょうか。国道163号線沿いにあります。家から163号線までは10分程度で出て、そこからひたすら163号線を東に走ります。伊賀上野まで1時間、新大仏寺までは1時間半でした。

この場所は、旧街道沿いですが、名阪国道ができた現在ではあまり交通量も多くなく、忘れられたような場所にあります。

 

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東大寺伊賀別所とあるように、東大寺と関係が深く、重源上人が開創されたと言われていますが、現在は真言宗成田山の宗派に属しています。

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 現在の本殿とご本尊。

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 奥にある岩屋不動尊。なかなかの迫力です。

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さて、今回の目玉である宝物庫に安置されている大仏様。もともと十六尺ある立像の阿弥陀如来像でしたが、江戸時代に快慶作の頭部を残して座像毘盧遮那仏に彫刻されたとのこと。

 

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この新大仏寺、前述したように街道沿いにあり、山深いところというわけではないのですが、爽やかな空気が感じられる寺でした。

またすぐ近くに郷土資料館もあり、かって近くの平田宿にあった旅館の屋根飾りが興味深いものでした。

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春日大社のすべて@奈良国立博物館

奈良国立博物館で開催されている「春日大社のすべて」を見に行きました。

春日大社の神宝類として指定された国宝が一挙公開されています。

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会場入り口では細見美術館蔵の春日神鹿御正体が迎えてくれます。

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そして第一室では以前春日大社の宝物殿にて見て、このブログでも紹介した春日大社の神宝類。今回はそれをはるかに上回るボリュームで国宝をたっぷり味わうことができました。

 

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また今回の目玉が国宝の4つの鎧。前期、後期と見に行って全て制覇しました。

 

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しかし今回の展示で一番目を引いたのは春日大社ではなく鹿島神宮の大太刀でした。2メートルはあるかという巨大な太刀。

 

 

 

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この画像ではなかなか大きさが伝わりませんが。

後半は春日曼荼羅の世界。

 

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帰りには特別公開されている桂昌院に行きました。鹿島立御鉾が公開されていました。

 

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隠れ社寺訪問記(10) 越木岩神社

シリーズ10回目の今回は西宮市の越木岩神社を取り上げます。

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阪急神戸線の夙川駅からは甲陽園に行く支線が出ていますが、その支線とほぼ並行して北に向かうのが越木岩通り。この通りはしゃれた店が並んでいかにも夙川らしいのですが、次第に坂になり、その突き当りに小高い山があり、深い森があります。そこに鎮座しているのが越木岩神社です。

最寄りの駅は甲陽園です。

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参道は深い森の中です。正面に本殿があります。

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ここは本殿の裏に、本来の信仰の対象だったと思われる巨石があります。

その手前にあるのが岩社。 

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この社の後ろに巨石が見えますが、この岩が甑岩です。ここは一周することができますが、その大きさには驚かされます。

そしてこの甑岩の右手から、さらに上に登ることができます。一番上にあるのがこの岩です。ここは「古社 稚日女尊宮」

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他にも菊理姫大神を祀る六甲山社もありました。

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すぐ下まで住宅街となっていますが、ここだけ全くの別世界となっており、緑が多くリフレッシュできました。小さいながらもなかなか見どころのある越木岩神社でした。

 

 

オットー・ネーベル展@京都文化博物館

京都文化博物館でオットー・ネーベル展が開催されています(6月24日まで)。

オットー・ネーベルは、日本では知名度が低い、というかほとんど知られていないのですが、1892年にベルリンに生まれ、戦間期のドイツでバウハウスに学び、ナチスにより退廃芸術とされたことからスイスのベルンに移住した画家です。パウル・クレーと親交があり、今回の展示でもクレーの画も展示されています。 

  

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初期はシャガールの影響が強かったようで、シャガールの画(下のチラシの7)などと並べて展示されており、その影響がよく分かります。

 

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 その後、作風はだんだんと抽象画の方へ傾いてきますが、その極みはイタリアのカラーアトラスというシリーズです。色づかいでイタリアの各地を表現するというもので、下の左の画は、このカラーアトラスのシリーズのうちのナポリで、右はポンペイです。ドイツ出身のネーベルにはイタリアの光が強烈な色彩の印象となって残ったのでしょう。各地の色の印象の違いが面白い。

 

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またこの画は、ナチスに追われてスイスに移住することを余儀なくされた自身の姿でしょうか。 

 

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一部写真撮影可のコーナーもありました。その中から「青い動き」を。

 

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「色彩の画家」というだけあって、溢れる色と光を楽しむことができました。

 

同時開催の洛陽三十三か所、特に稲葉山平等寺の展示もなかなか興味深く見ることができました。

 

 

隠れ社寺訪問記(9)浄瑠璃寺

このシリーズ9回目です。今回は、南山城の浄瑠璃寺の訪問記です。訪問は、今年の5月4日。好天に恵まれた連休中の1日でした。

ここは国宝の宝庫で、有名な九体阿弥陀仏の他、四天王、本堂、三重塔と多くの国宝を持つ浄土式庭園の寺院です。その九体阿弥陀仏ですが、なんでもあと2か月ほどで交替で修理に出されるということで、揃って拝観できるのは今のうちということを知り、ちょうど1日空いていたので、久し振りに出かけることにしました。ここなら家から車で40分くらいで着くので、帰ってから昼寝もできます。

 

山門に向かう小道。ここは茶屋が健在なのもうれしいところ。

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そして小さな山門から中に入ります。

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 中には浄土式庭園が。

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本堂を望みます。この本堂に九体阿弥陀仏が安置されています。 

今回は国宝の九体阿弥陀仏の他、四天王のうち2体、秘仏の吉祥天を拝観することができました。

 

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池を挟んで三重塔。これも国宝です。 

 

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近くには石仏が点在しています。

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池大雅展@京都国立博物館 なぜ池大雅は人気がないのか

5月6日に京都国立博物館で開催されている池大雅展を見に行きました。

 

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連休の最終日ですが空いていました。まあ京都駅もそれほど混雑してはいなかったのですが、池大雅自身も今は人気がないというところが本当でしょう。チラシに85年ぶりの大回顧展とありましたが、このように長らく回顧展が開催されなかったのも大雅が人気がないからではないでしょうか。

今回は池大雅の画自体の感想ではなく、なぜ池大雅に人気がないのか、また私が池大雅を面白いと思わないのかについて書きたいと思います。

 

池大雅の画はほとんどが中国様式の風景画で南画といわれるものです。

芸術新潮18年5月号の特集「最強の日本絵画100」では、池大雅も選ばれていますが、選者の一人である山下裕二さんも「南画はちょっと苦手 中国的な教養をひけらかしているところが」と書かれています。

これは私も同意見、というかそもそも、自分自身の日本画の好みが山下さんに影響を受けています。赤瀬川さんとの「日本美術応援団」のシリーズで日本画などの面白さを知ったのですから。

 

 

日本美術応援団 (ちくま文庫)

日本美術応援団 (ちくま文庫)

 

 

池大雅は、風景、森や湖を描いてもその風景は日本のものではなく中国絵画のものでした。この「楼閣山水図」などはまさにそうですね。

 

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そして風景の中にある木の表現も類型化されていて面白みがない。

例えば等伯の桜図などはエネルギーに満ちた一本の木ですし、若冲も曲がりくねった木や、葉っぱに虫食いがあるなどのリアルな植物を画いています。今評価の高い江戸絵画は明らかにそちらの方です。

 

今回の展覧会で一番良かったのは、五百羅漢図。これは描かれたそれぞれの表情が実に面白く楽しめました。

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思うに大雅は、中国風の風景画を描く能力があまりに高かったため。肖像画にはいかなかったのでしょうが、今にしてみればこちらに進んでいればと思いますが、同時代的にはそれで正解だったのでしょう。これに比べて蕪村はあまり上手くなかったので独特の味が出て面白みがあります。

大雅も蕪村と共著の「十便十宜図」がありますが、これなどは楽しい。

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当時大人気だった中国風風景画ですが、今から考えればそんな風景が日本にあるわけでもなく、せっかく力量があるならもっと日本の風景を日本らしく描いたものを見たかったと思います。「天衣無縫の旅の画家」とチラシにありますが、日本中を旅していればなおのことです。松島の画もありましたが、日本らしい松島の風景を描き残して欲しかったと思います。

南画は、中国絵画が至上のものであるいう大前提で成り立っており、その前提が崩れてしまうと、見ていて全く面白みがないものとなってしまう。そういうことではないでしょうか。