前回、野中規雄氏の死去と「at武道館を作った男」について書きましたが、その続編で野中氏とクラッシュのことについて書きたいと思います。
野中氏がクラッシュをどう考えているかについては、1999年に出た、ニュールーディーズクラブ25、クラッシュ特集を読めばよく分かります。
「クラッシュは自分なのよ。5人目のメンバーとかじゃない。クラッシュは自分自身なの」とか、「彼らは負けるなってのも、ある程度、分かったんだ」とか、「コンバット・ロックの時に、こいつら解散するね、って人には言っていたんだ。ジョーの声が、泣いているんだもの」など、クラッシュにどっぷり浸かっていればこその発言が満載で実に面白いです。
またこの特集には、野中氏のインタビューだけでなく、JAMに久坂玄名義で書いた原稿まで載っています。
野中氏も、ロンドンコーリングは最高傑作だがサンディニスタにはついて行けないというニュアンスでした。
確かに2枚組全19曲、全く捨て曲がないロンドンコーリングを生み出したクラッシュが、その次に何だこれは、という曲も多い無茶な3枚組全36曲のアルバムを出すとは、と思いましたが、とにかく作って録音した曲を片っ端から出したと思われますが、それもまたクラッシュ。
先ほど、野中氏がクラッシュについて語ったこととして、「彼らは、負けるなってのも、ある程度分かった」というのは実に印象的です。
日本人は、「負けると分かっていながらたった一人で強大な敵に立ち向かい、力尽きて負ける」という物語が大好きなのです。
まさにジョーストラマーはそのような存在でした。
その悲劇性に野中氏も惹かれたのだと思います。